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総合園芸大系＿園芸総論 園芸の意義と其範囲 辻村常助 |
第二章 園芸の意義
第一節 園芸の定義に就て諸学者の説
自然美と園芸との関係
理学博士石原純氏は、雑誌実際園芸第三巻第四号に「自然の美と園芸《と云ふ題で、園芸を以つて芸術と為し。先づ自然美の何たるかを説いてから「自然の美しいのは、自然が本来完備な調和の原理によつて形づくられてゐるためである《と説破し。又生物に対して其科学的原理は未だ十分に明らめ難きであるが「既に無生物の物質に対して見出し得たところの多くの自然法則が、いかに奥ふかい調和をもつてゐる《が如くに「生物の生活現象は一層複雑な微妙なものであることは誰しも疑はないものであつて、それだけに亦進んだ調和がそこに行はれてゐるにちがいないのである。そしてかやうな調和こそ実に私たち人間のあらゆる美を感ぜしめる淵源でなければならない《と謂はれた。即ち我等が美しと感ずる事柄は、其対象が完き調和にあるからである。併しながら「自然は美しいに相違ないけれ共、併し人間は時として自然に対し恐怖を感じ、粗野を思ふやうなことがないでもない。絶対の調和を旨とする自然に於て、何故にこのやうな事情があらはれるのであらうか《と反問を試み「それは人間が生物学的に云つて、当然限られた或る環境にのみ調和的に生存し得ると云ふ事情に基づくのでありませう。現に私たちの棲んでゐる地球面は、大体に於てこのやうな環境として存在し、又人間自身は必要に応じて或る程度までこのやうな環境を現ずるやうに、絶えず努力してゐるのである。之が人類をして益々地上に栄えさせ、又同時に之を住みよき場所として、美しい自然として感ぜしめる所以でありませう。《と言はれた。つまり人類の生活にピツタリ当て嵌まる環境は則ち人類に取つて美しき自然として感受し得るのである。けれ共時として自然が人間の生存を脅かさうとするやうな特殊の有様、例へば大地震、大暴風、大洪水など天災地夭が襲来する時「人間はたとへ自然法則そのものの上に於て、思惟的には調和を信じなければならないとしても、最早や感情的には脅威に対する恐怖、上安を喚び起さなければならなくされてゐるのである。《と。之が生物たる人間の弱点であつて、例へば山岳も遠く眺むれば美しと思ひ、若し人跡絶えたる密林に迷ひては云ひ知れぬ寂しさ恐ろしさを感ぜざるを得ない様に、「畢竟私たちにいつも平和な穏かな美しさを感ぜしめるためには、私たちは自然を私たちの生存に調和せしめなければならないことがわかります。《と謂つて、人間は受働的に自然の作用を待つばかりで無く、進んで其生活に適合させるべく努力すべきであると謂ふ結論に到着し、玆に於てか園芸なるものの真意義が頗る明白に認められる事に成る。されば石原氏は語を継いで左の如く述べられた。
人間が庭園をつくつて楽んだり、種々の園芸によつて一層より多くの自然の美を味ふことができるのは、この理由に外ならないのです。そこでは自然を最もよい調和の形に於て私たちの前にあらはすことができるのであつて、丁度実際の社会や人生に於ける出来事のうちから、或るものを取り出して文芸の世界が現ぜられると同様の意味で、園芸も亦一つの芸術として意味づけられなければ成なかつたのでせう。私の見る処ではこれまで園芸に従事する人たちには、多くはそれだけ高い自覚を欠いてゐるやうに思はれます。趣味の上で花を作る人はあるでせう。之を販売して生活の資にする人もあります。併しそれは文章や歌が好きだからと云つて趣味的に之をつくり、又之を雑誌にでも載せて原稿料をもらふと云つた程度のものです。でも文芸家はたとへさういう事を行ふうちにも、之と同時に自分の作品が芸術的である事を期待し、又之を見る人も其つもりでゐます。園芸家だつてやはりそこまで進まなければならないのではないかと私は思ひます。
勿論、花を改良すると云つても、現在では単に人工媒助の或る一、二の方法が知られてゐるたけであつて、園芸家は苦心を用ひて、しかも必ずしも自分の欲するやうなものを勝手につくり出すわけにゆきません。此場合に彼の仕事は、彼自身の意思によつて左右せられるのでなくて、却つて自然の必然的な法則に従つてゆかなければならないからです。どうしたら意に叶ふものが得られるかと云ふ方法手段を見だすために、彼はそこでは十分に科学者として自分をはたらかさなくてはなりません。その上で若しも実際にみごとな園芸品が得られたとしたならば、彼はそれを、丁度美術家が美しい絵画を描いたと同様に、一つの芸術作品として誇ることができたでありませう。しかも之と同時にこの作品が一つの自然への創造であり、従つてその創造の過程に於て或る科学的の法則の成り立つことを見出すことができたでありませう。
さて、話が少し難かしくなりましたが、私は自然に対する園芸の意味がどんなものであるかを、本質的に説かうとしてこれだけ申し上げたのでした。園芸が人生に対してどんな役目をするかと云ふことについては、少しでも園芸に心を向けようと思ふ人なら、多分誰でも考へ得られることであらうと思ひます。
石原博士が「丁度実際の社会人生に於ける出来事のうちから或るものを取り出して、文芸の世界が現ぜられると同様の意味で、園芸も亦一つの芸術として意味づけられなければならない《と言はれたのは、竹内文学士が「園芸と云ふ事が既に文学と同じ性質の様に思へてなりません《と云はれたのと同心である。
石原博士は附け加へて
だんだん都会生活が発達して来ると、都会地域は建物と人間とで埋められて、この地上に尊い役目をしてゐる土が益々乏しくなつてしまひます。家々に多少づつ俤（オモカゲ）を残してゐた、数坪の庭さへも贅沢視されて、日毎に消え失せてゆく有様です。それにも拘らず我国などでは之に代るだけの十分の公園も容易には設けられません。なんと情ない次第ではありませんか。かやうにして都会に住む数百万の人々は土の匂ひを忘れ、土に親しむ心を失ひつつあるのかと思ふと、寧ろ恐ろしいやうな気がするのです云々。
と。石原氏が偉大なる科学者であり、自然の賛美者であり、人生の深厚なる同情者である事は以上の文によつてさへ窺ひ得らるる処である。洵に現代の文明が如何に脱線的のものであるか、園芸を離れた都市計画が如何に無趣味のものであるか、住みなれし自然の懐を離れ、美しき天然に背いてあらぬ方へと足を運ぶ人生が、如何に悩ましきものであるか。さはれ園芸家は須らく悪魔の声に心狂ひて迷ひの淵に趨く（オモムク）同胞（ハラカラ）をば、必死の努力もて呼び醒ますべきである。
第四類園芸の範囲を直指せるもの
大英百科全書園芸の項に
園芸は実利たると装飾たるとを問はず、園芸作物を栽培する科学と技芸とを含む。而して便宜上二種に大別し、先づ科学に始まりて、遂に園圃に応用すべき花卉、果樹、蔬菜栽培の実行に移る（Encyclopedia Britanica vol. XII. p. 211）
即ち花卉果樹蔬菜を園芸と云つて、庭園に論及しないのは、之を似て別種の事業と考へて居る様である。
本邦園芸の泰斗農学博士福羽逸人氏は言ふ
園芸学とは主として園圃に耕作する椊物の生理的応用科学を謂ふ。而して之を五門に分ち。一、果樹栽培、二、蔬菜栽培、三、花卉栽培、四、庭園術、五、観賞椊物栽培及育種業と為す。（福羽逸人―園芸に就て。東洋学芸雑誌第一六四号）
単に生理的応用と云つて丈けでは、物足らぬ心地がする。生理的応用と云ふは園芸を行ふに就て必要の方法であつて、園芸其物の主体では無い。其為氏は特に五門に分けて園芸の主体を示されたものであらうから、全体としては要領を得る事が出来る。但し世の中が進歩するに連れて五門が六門になり七門に成る事は分業の必然であるから、単に部門を以て園芸の定義を確立するは聊か上安心である。
