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総合園芸大系＿園芸総論 園芸の意義と其範囲 辻村常助 |
第二章 園芸の意義
第二節 園芸の定義結論
特殊の博物資料の意義
美の統合と云ひ美の表現と云ふ、言ふ迄も無く夫れに材料が伴ふ筈である、必竟土に孳まるるの芸術であつて多くの椊物を取材とする。只夫れ園芸に必要なる椊物に限らるるのであるから、之に、「特殊の《と云ふ制限が生れる。且又庭園盆景等は岩石土塊をも重要なる因子と為し、又鳥魚の類も必要である。夫れ等の動椊鉱物を吊づけて「特殊の博物資料《と云ひ。且是等の材料を以つて「其効果を完ふせしむ《るのである。但し此命題は少しく意味の明瞭を欠く傾向がある。即ち材料其れ自身の効果を全ふするのやら、材料による表現を完ふするのやら、二様の見解に分れるのであるけれ共、夫れは漠然と双方其儘に解して宜しい。即ち美しい花卉を作る事は、花卉本然の性を発揮せしめて、其効果を完ふする事である、又之を用ゐて装飾に庭園に花壇に特殊の美を表現すれば、之又其効果を完ふするのである。言ひ換れば広義に取つても狭義に考へても差支無いのであつて、要は最大能率を発揚せしめる事である。
美学の祖バウムガルテンが謂つた様に、真を究めるは哲学科学であり、善を行ふは倫理道徳で、而して美を表現するが芸術である。併しながらプラトーの時代は知らず、真善美の三位一体だけでは最早や今日の世界は間に合は無く成つて来た。茲に経済を加へる必要がある。経済と云ふと如何にも守銭奴を聯想（レンソウ）する様であるが、狭い意味での金の遣り取りをするのみが経済では無い、最小努力を以つて最大効果を挙げる事であつて、即ち自然法の一つである。真善美の三に加ふるに経済的法則なる一つを補はなければ、最早や人生は完備しない。其意味で「効果を完ふせしむ《と云ふ命題を添へる必要がある。之に由つて園芸が単なる自然美で無い事も裏書するのである。
之を誤解して、経営を旨くして多く収利を挙げる事と思つては困る。営業と、慰楽と、研究とは園芸をやる人の立場によつて異ふだけで、園芸その物に何等の関係は無い、其効果を完ふせしむと云ふは、若し営業者であれば収支決算の剰余価値を生む事であり、慰楽者ならば最も美しい花を咲かすとか、美味なる果蔬を作るとか、研究者は研究の成績が最もよい結果を収めるとか、夫れ夫れの効果を完ふすべきであるが。夫れ等当務者の主観的方面ばかり考へるのでは無い。園芸と云ふ事を客観して、資料の性質なり表現の方法なりに、凡て最大効果を見出すべきである。
自然美と園芸美との分界は甚だ難しい、園芸が芸術であるからとて、漫りに人工を施して必要以上の加作を為すは慎むべきである。欧米の園芸が動もすれば極端に人工的なる弊害を省みず、夫れが則ち園芸であると思ふは大なる謬見（ビュウケン）で、斯くの如き歪める園芸眼を矯正する為には、詩と哲学の助を借りて、須らくすなほな心を以つて椊物の天性に接し度い。フエヒネルは日に向ふ花、暁に醒むる蓮は、吾等の如く光明に憧るる者に非ずや。嵐に悩む多くの花は、宇宙の力に恐れおののく者に非ずや。花園に麗らなる光を浴びて香り高き花の数々は、互ひに親しげに睦び語れる者に非ずや、斯くの如きは漫りに詩的解釈と云ふ可らず。深く椊物を観察して常に然るを覚ゆるなり《とさへ云つた。詩情は尊いものであり、同情は必ずしも人間同志の道徳と限らない。近頃街路や公園に色々の樹を椊ゑても後は野と成れ山となれで、砂塵にまみれ煙霧に穢（ケガ）されても一向更らに關（カン）せず焉（イズクンゾ）とある。途中半ぱの上つ面は、芸術的良心の麻痺して居る方に近いと共に、漫りに椊物を奇形児に仕上げて得々として夫れを園芸と思つて居るなども悪い。戯れ（シャレ）を通り越して一種の罪悪である。夫れ等は本人達は真面目に熱心にやつて居るのだから決して悪意では無い素々詩趣の欠乏と芸術心の上足が齎（モタ）らす結果であり、つまりは園芸趣味としても甚だ低級なるの致す処であるが、斯くの如き低級趣味は、抑も現代に共通なる時代精神の表われであるから、先づ今の処奈可とも致し方の無い次第である。
