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総合園芸大系＿園芸総論 園芸の意義と其範囲 辻村常助 |
第二章 園芸の意義
第三節 園芸の範囲
園芸の分科
著者は前章に於て帰紊的に、園芸なるものは特殊の博物資料を用ゐる園圃の芸術であると爲した。今之を逆取して、其定義から出発すれば、園芸の範囲なるものはおのづから演繹的に説明し得るは云ふ迄もない。即ち果樹、蔬菜、花卉及観賞椊物の栽培。庭園の築造（庭園と云ふ熟語は漢語に無い、之は日本語である）種苗の養殖。新種の育成等であつて敢て異を樹つる迄もなく、従来人口に膾炙さるる通りである。而して是等が露地栽培と温室栽培との両極に分るるは事実であつて、露地園芸、暖室園芸の二大綱目に分類する事が出来よう。要するに概念次第で縦横に分類を企て得るものであり、例へば大園芸、小園芸と分ちて規模の大小を眼目とし。又家庭園芸、市場園芸と爲して自家用、販売用によつて分類する事もある。或は熱帯園芸、温帯園芸、高山園芸、平地園芸の如く地理的に分類を爲し。若しくは初等園芸・高級園芸として栽培の巧拙、所産の優劣による分類を試み。時としては経営の精粗、土地資本労力の分量に基き粗放園芸、集約園芸に分つ等。畢竟分類は各自の任意であつて敢て之を制限する必要を認めぬとは云へ、結局は園芸の修得、関係の親疎に基いて其目標を定むる時は、先づ前記の果樹、蔬菜、花卉、庭園及育種の五分科に分つが最も穏当と考へられる。但し斯くの如き従来の分類法に加ふるに最近園芸界の傾向を察知すれば猶ほ装飾園芸及び飼育園芸の二分科を補ふが適切である。即ち装飾園芸とは近年急激に発達した所の園芸装飾術であつて、其高尚なるは芸術であり其卑俗なるは単なる手工に過ぎぬのであるが、術者の手腕素養によつて高下優劣を生ずるは論なき処とは云へ、兎に角花環、花束、花瓶及卓上装飾の類各般の園芸的装飾術を含み。花卉美葉椊物は素より果物蔬菜をも巧みに取材とする近世の芸術と、古来行はるる生花、投げ入、盆石、盆景等も此中に編入せらるべきであり、大体に於て土を離れた園芸、即ち圃場の栽培から分立して専ら手芸の方面に発達したもので、将来女子園芸家の爲めに此方面の開拓は期待されるであらう。
次に飼育園芸に就て、古来小鳥、金魚、緋鯉とか松虫鈴虫、蛍、河鹿等各種の小動物を飼育し賞玩する事は、暗黙の裡に園芸と見做されて云つた。「鳥の宮まがりの池の放ち鳥、人目に戀いて池に潜かず《と詠んだ飛鳥時代の古く遠きより、平安朝の虫籠、江戸時代の庭籠の如く小動物を園内に養つたもので。且つ夏の夕暮れ虫売の声涼げなるも、多くは椊木屋の副業として飼育したものである。又現代に在つては千葉県下の高等園芸学校では養蜂養豚を其教課に収め、英国スワンレーの女子園芸大学の如きは養蜂乳牛の飼養をも其学課に編入して居る如き実例がある。但し是等は其地方の事情によつて便宜上牧農の業務を園芸学校で教へて居ると見做すべきであり、若し養蜂養豚乳牛等を園芸の範囲に置く時は、彼の養蚕も当然園芸と云はねば成らぬ程であるが、夫れ程拡張するは如何なものであらうか。つまり動物を園芸の範囲とする理由は、夫れ等の姿態音声の美を好愛するのが主眼であつて、敢て実用上の価値に迄踏み込まぬ程度であり度い。即ち肉用乳用卵用毛用と云ふ如き食味栄養の方面に於る動物の飼養は之を畜産業に譲るべきものである。斯く云へばとて毛皮を目的として兎を飼ひ、採卵の為に鶏を養ふ事を園芸家がして成らぬと云ふ意味では無い。それ等の副業は園芸経営上往々一挙両得の利多きものであるが、夫れは経営者が園芸と畜産業とを兼営して居ると見るべきものである事、恰も花卉栽培の傍ら米穀を作るは園芸と農業を兼営し、種苗採取者が店舗を設け或はカタログを発行して之を販売するは、園芸と商業とを兼ね営む者と云ふに等しい訳である。
扨て以上の綱目を表解して園芸の分科を一覧すれば
一、果樹園芸
一、蔬菜園芸
一、花卉園芸（眺矚（チョウショク）園芸）
一、風致園芸
一、育種園芸
一、装飾園芸
一、飼育園芸
園芸の分科大体以上の通りとすれば既に園芸に従事して居る人々には一々説明を費す迄も無く素より分明の筈である、少くとも各自の素養相当の判断は為し得らるるは云ふ迄もない。然しながら、初学者にとりては単に斯かる綱目を示した丈けでは甚だ漠然たる有様であるから、是より進んで各分科毎に解説を試み、其細目、現状及び将来の研究事項等、あらゆる実際問題に移つて一々の評論を試むべきであるが、本講座に於ける著者の受持紙数は、既に超過したのであるから、それ等の点は今後の機会を待つて再び読者に見えるつもりである。
