シクラメンの和名
シクラメンは(
Cyclamen)以前は温室で高貴な花であつたが、今では極民衆的なものになつたのであるから、それに極一般的興味のあるやうな和名がほしいと思ふ。欧州では此れに(
Sowbread)の俗名があるものだからそれに基いて従来ぶたのまんぢうの和名が付けられてあつた。ところが私が以前新宿御苑に兼勤して居つた時分に四十歳位の上品な女の参観者が三人程あつて、その頃一室にシクラメン許りの室があつてそれに沢山なシクラメンの花が咲いて居るのを見て「この花は篝火(かがりび)に似て居る」と批評して居たのを私は側で聞いた事があるが其時これは実によい思付きの形容を言つたものだと感心し私は其時から之れを「かがりびばな」ときめて居るが、これを一般の和名として用ゆるは面白いと思ふ。それは前に言つた豚の饅頭よりはいくら好い名かしれはしない。園芸植物の和名は、余り理屈張つたものや、雅馴ならぬものや、下品なものではゆかぬから、新に名称を付ける人は、其辺へ充分の考慮を払って貰ひたいと思う。